「認知症は早期診断・早期治療が重要です。 以前と比べると、現在はいろいろと治療法があります。」
認知症関連の本や雑誌、そして診療所のホームページなどでよく目にする文章ですが、”認知症=アルツハイマー型認知症”のイメージが強い人がこの文章を読むと、「ドネペジル(アリセプト)などの抗認知症薬を早期に開始すれば、アルツハイマー型認知症はよくなる」という意味だと誤解してしまうかもしれません。
「認知症の早期診断・早期治療(対応)」が重要であることは、たしかに間違いではありません。
treatable dementia(甲状腺機能低下症、慢性硬膜下血腫、など)を早期に診断し治療することができれば、低下した認知機能が完全に元に戻る可能性もあるからです。
すなわち、認知症が疑われたときに早期に検査を行うことが重要であることの最大の理由は、treatable dementiaの鑑別が必要であるからなのです。
また、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症などの神経変性疾患においても、早期診断は臨床的に重要な意味を持っています。
しかし、それは「抗認知症薬をできるだけ早く開始するため」ではなく、以下の2点において有用であると考えられているからです。
1.原因を明らかにすることにより、認知症症状に対する周囲の理解が得られる
2.経過・予後を予測し、それに合わせた環境調整を行うことができる
認知機能が低下してきた原因がわからないままであれば、本人と家族の関係が悪化したり、落ち着いた生活が送れなくなったりするなどのリスクが高くなるのは必然と言えます。
そうなる前に、早期診断をきっかけとして医療・介護関係者が関わりを持っていくこと(早期対応)が理想なのです。
一方で、抗認知症薬を早期に開始するかどうかは、あまり大きな問題ではありません(と私は考えています)。
現在の抗認知症薬は、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の根本を治療する薬ではなく、あくまで対症療法です。その効果は限定的であり、内服を継続しても認知機能低下は確実に進行していきます。(抗認知症薬の効果は、認知症の進行を見かけ上約半年遅らせる程度とされています)
患者さんの生活を安定させる手段の一つに過ぎないのです。
しかし、ドネペジル(アリセプト)、ガランタミン(レミニール)、などの抗認知症薬は、あまりに安易に使用されているのが現状です。
抗認知症薬を処方する側は、当然ですが抗認知症薬について熟知していないといけません。その期待される効果と副作用を説明し、今その患者さんが内服をするべきかどうかについて専門家として意見を述べ、患者さん・ご家族の意思決定を支援していく必要があります。
「科学的認知症診療 5 Lessons」の「Lesson 3 抗認知症薬」の章では、抗認知症薬の国内臨床試験の結果や発売承認の経緯などについて、著者(小田陽彦Dr.)が私見を交えながらまとめています。
以下はそこから私が重要と思う箇所を抜粋したものですが、臨床試験の結果などの客観的事実は青字に、著者の意見は赤字にしています。
この章は非常に参考になりますので、興味のある方は是非実物の本を手にとって読んでいただきたいと思います。
Lesson3 抗認知症薬(P63~P112)
1.抗認知症薬の基本データ
・抗認知症薬は「コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)」と「NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)」に分類される。いずれもアルツハイマー病に対する治療薬であるが、ドネペジルのみレビー小体型認知症にも適応あり。
・抗認知症薬は根本治療薬ではなく症状改善薬であり、多くの場合、臨床的に意味のある改善効果は期待できず、抗認知症薬の効果判定は困難。
→抗認知症薬は使わなくてもたいした不利益はない
・抗認知症薬の添付文書には、「アルツハイマー型認知症と正確に診断でき、抗認知症薬の微妙な効果も正確に判定できる場合のみ抗認知症薬を使える」ということを意味する注意書きがある。
→添付文書どおりにすれば、一般臨床医にとっては認知症の人に抗認知症薬を使わないのが基本という姿勢にならざるを得ないのではないか
・ガランタミン、リバスチグミンはドネペジルにはない薬理作用を持っているが、臨床試験において有効性に差がないことがわかっている(Cohrane Database Syst Rev. 2006)。忍容性にも大きな差がないため、薬理作用に基づいてコリンエステラーゼ阻害薬を使い分けることの意義を示す科学的根拠はない。
→コリンエステラーゼ阻害薬を使用する場合、最も薬価の低いドネペジルを第一選択とすべき
2.国内治験データからみたドネペジルの有効性(アルツハイマー病)
・ドネペジル3mg/日以下はプラセボ(偽薬)と変わらない。
→5mg/日で副作用のため継続投与が困難な場合は、3mg/日などへの減量を行うのではなく、ドネペジルを中止すべき。効果判定が簡単な睡眠薬や鎮痛薬の場合は、臨床試験で無効とされた用量でも試してみる価値はあるが、抗認知症薬の効果は本人に実感できるほど大きいものではないので、臨床試験で無効とされた少量を実臨床で試してみるべきではない。
・ドネペジル5mg/日の有効性は、ADAS-cog(認知機能検査の一つ。70点満点の検査であり、点数が高いほどに認知機能障害が高度であることを示し、4点以上差があると臨床的に意味があるとされている)15点以上という条件で被験者を厳選した161試験で初めて証明できた。認知機能改善効果は半年飲んでADAS-cog 2.44点分。
→本人と家族への問診だけでこの点差を鑑別できる医師はいるか? 定期的に認知機能検査を行い、効果が認めらない場合は中止を!
3.国内治験データからみたそのほかの抗認知症薬の有効性
・ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(リバスタッチパッチ、イクセロンパッチ)、メマンチン(メマリー)は、いずれも国内治験でプラセボ(偽薬)への優越性は示されなかった。すなわち、国内治験では薬の有効性は証明されていない。
・しかし、「海外においては標準治療薬だから」、「本邦の臨床現場においてアルツハイマー病治療薬の選択肢が限られているから」という非科学的理由で発売が承認された。
→ドネペジル以外の抗認知症薬を第一選択薬として使用する理由はない。ドネペジルと比べ割高であり、使わないのが基本。
4.レビー小体型認知症に対する抗認知症薬の有効性
・第Ⅲ相試験(検証的試験)ではドネペジルの有効性を証明することができなかった(認知機能を評価するMMSEでは有意な改善(10mg/日を12週間投与してプラセボと1.6点の差)が認められたが、精神症状・行動障害に有意さは認められなかった)。
→ドネペジルのレビー小体型認知症への効能追加は承認されたが、検証的試験に失敗しているため、積極的に使用する理由はない。また、精神症状・行動障害に無効であったことより、「幻視があるからドネペジルを使用する」は間違いである。
5.海外データから
・10本のランダム化比較試験を解析したコクランレビューでは、軽度~高度のアルツハイマー病患者にコリンエステラーゼ阻害薬を6ヶ月投与した場合、ADAS-cogにて2.37点の改善が認められるにとどまり、多くのアルツハイマー病患者にとって臨床的に意味のある認知機能改善は期待できないと示唆された(Cohirane Database Syst Rev.2006)。
・別のメタ解析では、臨床的有意差(ADAS-cogでは4点以上の改善)を達成するために必要な患者数は10、著明改善を達成するために必要な患者数は42だった(CMAJ.2003)。
→抗認知症薬を使用しても効いたと実感できるのは10人に1人、著効したと思えるのは40人に1人ということ。これは日常臨床の印象と合致している。
・同じメタ解析では、有害事象が発生する患者数は12。
・3種類のコリンエステラーゼ阻害薬の間に有効性または安全性に差があるという科学的根拠は見つかっていない(Cochrane Database Syst Rev.2006)。
・ほかの目的の研究の事後分析を根拠にメマンチンは焦燥に効くと主張したり、イライラや焦燥感がみられるアルツハイマー病患者にメマンチンを第一選択薬にするよう勧めたりする論考は、EBMの誤用である。メマンチンに鎮静効果はない、メマンチンが焦燥に効く科学的根拠はない、精神症状でコリンエステラーゼ阻害薬とメマンチンを使い分ける科学的根拠はない、という基本的事実を押さえておく必要がある。